レジェンド

御歳105歳になるおばあちゃんがいます。

100歳を超えた方が周りにいなかったから、初めておばあちゃんに会った時は、そりゃもう驚いた。

頭もしっかりしているし、自分の荷物を自分で持ち、杖は付いていてゆっくりだけれど、ちゃんと一人で歩ける。

100歳ってこんなに元気なの!?

 

わたしは彼女をレジェンドと呼ぶことにした

ある日、ドクターがおばあちゃんにこう言った。

「●●さん、ハタチ(=120歳)までいきましょうや」

さて、おばあちゃんは何て答えたでしょう?

 

 

「先生、わたしは死ぬ気がしない」

 

 

おばあちゃんの答えは、想定外も想定外。

「マージーでーーーー!!!」

衝撃のあまり「でーーー!!!」の形を保ったまま、我に返るまで口を閉じるのを忘れてしまったくらい。

この瞬間から、わたしは彼女をレジェンドと呼ぶことにした。

モデルの書き換え

もうじき75歳になる母は、痴呆が進んた方や寝たきりになった方の話を聞いては

「わたしもあーなるんかなぁ。そうなったら、広島(わたしのきょうだい)に行かんといけんわ」なんて言っていた。

「あんたたちに迷惑かけてもいけんし」と言いながら、痴呆になる設定をしているという矛盾に自分では気づかないものらしい。

確かに、加齢とともにそうなる人も多いけれど、レジェンドのようにしっかりしたままの人だっている。

母方の祖母(享年91)は痴呆で5〜6年施設に入ったけれど、祖父(享年93)は亡くなる数ヶ月前までプールで泳いでいた。

どうせモデルにするなら、健全な方にしてはどうか?

 

こんなお年寄りもいるよ、と母の矛盾をツッコミながら、レジェンドや他の方の話を聞いて、最近は「目指せ100歳!」と言い始めた。

テレビに映るようなスーパーおばあちゃんではなくて、近所の●●さんの方が現実味があるんだろう。

心の中でどう思っているかわからないけど、「わたしもあーなるんかな・・・」よりは、「目指せ100歳!エイエイオー!」の方が、気持ちがの持ちようも違うというもんではなかろうか。

 

72歳の寿司屋の大将は、「もう体がついていかん」だの「いつまでできるかなー」と曇り顔だったのに、レジェンドの話を聞いた途端、顔が明るくなって「余命30年て言わんといけんなあ」と言葉も変わってた。

 

年齢を重ねること

「死ぬ気がしない」という発言だけで、会ったこともない人にパワーを与えることができるのは105歳だからよね。

18歳の人が言っても、「そうね」で終わっちゃう。

レジェンドがどのような人生を送ってこられたかは、知る由もないけれど、105年の重みと深みがそこにはあるような気がする。

こんな素敵な年上の先輩がまだまだたくさんいます。

老いることで手に入れるものもあるって思うと、歳を重ねることもそう悪くない、と思える。

 

20代30代なんてあっという間にすぎた。

「若い時期」は一瞬だって思っていたけれど、レジェンドから見たら、今のわたしたちの年齢なんて半世紀以上も前のことで。

その視点で見ると、わたしたちは若いんだから何でもできるじゃない、って思うよね。

 

何でもやりましょう。

人生で「今日」という日が一番若いんだから。

一日一日を「今日もよく生きた」と思って寝られたら良いね。

で、レジェンドくらいになった時に「死ぬ気がしない」って言うの。

その頃には、平均寿命も100歳くらいになってるかもしれないけどね。笑

 

 

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